2018年03月21日

肉体を明け渡せ!宣言!

最近たて続けに美術、アート界で活動する方々から『変性意識』という言葉が出てくるのを見かけた。
僕などその言葉と美術とを関連付けて連想すると、例えばシュワンクマイエルのMedium drawing(メディウム ドローイング)が浮かんでくる。

メディウムを日本語に訳すと媒体とか中間などの意味になるが、この場合は霊媒というのが近いだろう。
つまり、自我を手放して自らを媒体として明け渡した状態での作画である。
イメージ的に恐山のイタコとか、教祖が守護霊に話をさせるアレみたいな感じ。
なんとなく恐ろしそうである。

さて音楽においては、変性意識というのは重要な要素なので逆にことさら強調されることもないかと思っていた。
それが僕の間違いだった。

よく知られた音楽の3大要素とは。
1、メロディー
2、ハーモニー
3、リズム
しかしこのうちのどれかが欠ければ音楽に成らないかと云えば、そうでもなくて。
ドローンみたいに一つの音程がず〜っと鳴ってるのもあれば、タイコのリズムの反復だけを延々と続けるのもある。
美しいハーモニーでグループダイナミクス(集団力学)によって陶酔と恍惚の状態に至る場合もあり、僕も中高時代の合唱ではその魔力に片足をつっこんでいた。
台湾原住民のブヌン族もハーモニーで狩りの前などに連帯意識を高める文化を持っている。

さて、音楽の構成要素は上の3つとして。
音楽の効用とか効能、もっと言えばその本質の美については変性意識という状態抜きには語り得ない。
けれども、塾や学校で勉強して、部活して。その後は会社に通ってという顕在意識ばかり使う社会では、変性意識という考え方すら思いもよらない物であろう。

これは大脳で考える状態ではない。

これは顕在意識で製作するものでもない。

大脳を休め無意識を活性化して、肉体という物質を明け渡すというプロセスが必要だ。

肉体は何者に明け渡すのか?、これはとても重要である。
先のイタコも教祖も、どちらも霊媒であり対象は死者の霊である。
メディウムの日本語訳である霊媒も、死者の霊の媒体と成るということであろう。
しかし、自我を手放し肉体を開放するようなそこそこ大変な技を身につけて、そんな物に乗り込まれては自分がかわいそうだ。

変性意識で一番大切なこと。
メディウム状態の目指すところは、自我を手放した自分がちゃんと肉体に宿っているっていうことだ。

この2018年3月21日の春分の日に、僕は宣言する。
音楽によって僕とその周りの人々が多幸感の中で自我を手放し、自らの主体として生きられることに寄与する。

意識と肉体を健やかに保つ役に立つ。これからもそんな発信をお楽しみに。

rashin


Posted by コウサカワタル at 20:48│Comments(0)変性意識と音楽
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